川への生贄 実際にあった日本の伝説「人身供犠」栃木の思川の伝承

川への生贄 実際にあった日本の伝説「人身供犠」栃木の思川の伝承

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日本では昔,川の氾濫や洪水を治めるために川の神への生贄として,川に投げ込まれたり
橋の柱に縛り付けられたり等を治水伝説として伝えられています.
 
昔は建設技術の今ほどではないし,橋も頑丈ではなかったかもしれません.
堤防といった対策ないとすると自然災害や洪水で多くの人が命を落としたことでしょう.
 
私の地元栃木の「思川」という川でも
「昔,川の生贄として少女が犠牲になっていた」

という話を聞いたことがあったのをふと思い出して,

気になってネットからですが調べてみたら,

いくつか資料が見つかりました.

Amazonプライムの「Lore ロア」という怖い伝承を実写化したドラマが好きで

この人身御供(ひとみごくう)に興味をもったきっかけです.

ロア~奇妙な伝説~ シーズン1 (字幕版)
あらすじ&ネタバレ 人形島 メキシコシティの南にあるソチミルコの運河にある島 イスラ・デ・ラス・ムニェカス”人形の島” 1950年代にこ

人身御供(ひとみごくう)とは、人間を神への生贄とすること。人身供犠(じんしんくぎ[3]/じんしんきょうぎ[4])とも。

「白羽の矢が立つ」の語源

日本では、犠牲となった人間を人柱とも言い、転じて同様の行為を行うこともそう呼ばれる。「白羽の矢が立つ」とは、元々このことをいった。白羽の矢はいわゆる匿名による指名行為であった訳だが、これらは霊的な存在が目印として矢を送ったのだとされ、この矢が家屋に刺さった家では、所定の年齢にある家族を人身御供に差し出さなければならないとされた。

栃木・思川の伝説

思川の由来
その1 「思いの川」伝説
昔、花見が岡(下野市)の豪家のひとり娘お三輪が病床についた。婿の市太郎は、お三輪の回復を祈るため、毎晩、黙って家を抜け出し、川を渡って惣社の明神までお詣りしていた。ところが、市太郎が毎晩黙って家を抜け出すのは、他に好きな人ができたと思いこんだお三輪は、夫を愛するあまり大蛇に姿を変え、夫をのみ込んでしまった。2人の思いから、「思川」と呼ぶようになった。
その2 「田心姫」伝説
神話に出てくる、水に縁のある女神「タゴリヒメ」を漢字で書くと「田心姫」と書く。昔、思川の流域に水田が発達するようになったとき、人々は川の恵みの大きさをたたえ、
「田」「心」の2字を「思」という1字につめて、「思川」と呼ぶようになった。- www3.oyama-tcg.ed.jp/~otome-j/ot08232.html

 
 
 

昔、思川の近くに仲の良い夫婦があったが、妻が病気で寝たきりになり、一向に良くならなかった。そこで夫はひそかに夜のお百度参りを始めたが、夜になるとこっそり家を出るので、妻は浮気を邪推するようになった。
ある夜、妻は後をつけ、夫がお百度参りをしていることを知った。そして、そんな夫を疑ったっことを悔みながら月明かりの下川面に映った自分の姿を見ると、大蛇となっていた。妻は嫉妬のあまり蛇と化した己の心身を恥じ、川に身を投げた。
それ以来、川のほとりを若い女が通ると、大蛇が現れて食うようになってしまった。大蛇となった妻が、自分と同じような女が二度と現れないようにするために食ったのだという。
村では年に一度の人身御供を出すことになったが、長者の娘の順番がきたとき、通りかかった親鸞上人がこれを聞き、村人や大蛇となった妻に同情した。親鸞は南無阿弥陀仏と書いたお札を大蛇に投げつけ、祈祷をした。すると、大蛇は娘をおいて苦しみながら昇天し、間もなく天から蓮華の花がたくさん落ちてきた。
『栃木市史 民俗編』より要約 – 思川にまつわる話

 
 

―大蛇に変じた妻は大光寺村に戻り、 「女という女を取り殺してやる。」 と、憤怒の思いを抱いて近くの川底に身を沈めた。その川が「思川」である。 それからというもの、思川を渡る女はみな川底から現れる20尋の大蛇に喰 われた。里人は大蛇の怒りを鎮めようと、毎年9月8日の夜に生娘を生け贄に することを決め、籤に当たった一人が人身御供とされることになった。 ある年、大沢友宗という神主の美しい一人娘が籤に当たった。友宗は神に祈 りお祓いをしたが、大蛇済度の効験なく、いよいよ当日が近くなる。友宗は 最後の頼みとして、この里に教化に来ていた親鸞に、娘の救済を必死に頼ん だ。そこで親鸞は娘に説いた。 「前世の業つたなく、今の災難は逃れ難し。弥陀如来の悲願をただ心に信 じれば、悪蛇に喰われようとも、浄土に往生する。ただただ念仏すべし。」 当日、娘は生け贄の壇上で端座合掌し、ひたすら念仏を称えていた。夜半、 激しい風雨の中、大蛇が現れ、紅の舌を燃やして娘を呑み込もうとした。しか し、娘の口から漏れる念仏に大蛇は力がくじかれ、そのまま水底に沈んだの であった。 親鸞の説く念仏の仏力に帰服した里人は、改めて親鸞に大蛇済度を頼んだ。 親鸞は思川の畔に草案を結び、小石に三部経を書いて淵に投じた。――
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たまたま訪れた親鸞によって供養され,それまで行われていた川への生贄,人身御供がなくなったということのようです.

それだけじゃなかった思川の七不思議

思川にまつわる七不思議がありました.

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