欲しいものは情報じゃなく、空気感なのかも

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2022年ですねー。ハッピーニューイヤー。もう11日も経ってしまいましたが、気が向いたのでまたどうでもいいことをば。今年も読んで下さりありがとうございます。今年もゆるくやっていきますので、たまには見に来てやってください。

ブログ、個人の情報発信についてや弊ブログのこれからなどいろいろともやもやと最近考えを巡らせていました。この記事では、また変わりつつあるウェブ・ネットというものを感じつつ、これからの自分のブログやネットとの向き合い方や自分の根本の欲求など探りそこはかとなく吐き出してみました。

SEOは終わった。ググらない時代のはじまり。

要するにPVを集めないとはじまらない。←この流れがなんとももやっとするのよね。多くの人に見てもらうって本当に大事なことか?PV至上主義、ホント終わってほしい。PVがなくてもマネタイズできる時代が早く来てほしい。

グーグル検索エンジンに記事を放流してグーグル様お願いしますの一辺倒じゃもう時代遅れじゃない?SEO記事はもう廃れていく運命。

というか、知りたくなる情報はすべてGoogle検索が答えてくれるくらい進化してるから、一個人が役に立つ記事書いたってたかが知れてる。もっと高品質なサイトたちのなかに埋もれる。それにググらないって人も多い。SNSで検索することも増えてきた。Twitterで検索した情報のほうがリアルタイム。クリプト界隈とか特に。

そもそも書いて対価を得たいというのも終わりというか間違いなのかも。web3の時代が来ると言われてる。ステーキングや投げ銭も簡単になり、CtoCでのやり取りが主流となる可能性が大いにあるわけです。検索エンジン運営のプロジェクトにステーキングするから記事載せてねみたいなのとか出てくるだろうしね。

次世代ブラウザBraveすごいぞ

ブログを書いて何か得があるのか?

振り出しに戻って、なんでブログを書くの?ってことになるわけです。最初はブログでお金を稼ぐために書くぞー!って鼻息荒らげていたわけですね。

それがもうお金の問題は解決してしまうのですよ、時が経てばね。きっと、ある程度の種銭があれば、ブロックチェーンや暗号通貨の恩恵で報酬が得られるようになる。

さあ、それでもあなたはなぜ書きたいの?自分に問う。

「書きたいから」しかないですね。何かを表現すること、感情をぶつけてアウトプットすることって気持ちいいんでしょう。自浄作用がある。

これからの時代は、とか偉そうに言いたいわけじゃないけど、これからは自立分散型です。社会システムからマクロからミクロまですべて。各々勝手に自由に楽しみましょって感じですよ。どんどん小さいコミニュティになっていって、その個々が複雑なネットワークに。んーだからこのブログも読みたい人が読めばいんじゃない?くらいのスタンスでいく。個々が自由度高くなるんだから、読みたい人近づきたい人が勝手に集まってくるでしょ。

だから、誰かのために書きたいとか誰かに伝えたいっていう人は減っていくんじゃないかっていう気がしてる。すべての欲求が自己満足ですよ。アウトプットがうまくなりたいとかね。好きだから続く、これにまさるものはない。その上の階層に誰かの暇つぶしになればいいとか、ちょっと誰かの得になればいいくらいの他人目線が入ってくる。それくらいで良くない?

なんでこのブログ続けてるのかって考えると、MBTIやHSPを知ったことがきっかけですかね。そしてINFJの記事が一番読まれるようになって、それが消えない火となって続いてる感じかな。

INFJという自分をもっと理解して性格・適職を知ろう.

「共感してくれるひとがいるんだ」っていう驚きと喜び。原体験?

あと、小学校のとき、毎日書いて提出しろって言われてやってた絵日記みたいなもの。これはあまり苦じゃなかったかな。ちょっとした先生のコメントとか嬉しかった記憶。

内容はぜんぜん大したものじゃなかった。居眠りしちゃって宿題時間かかったーとか、お兄ちゃんが麻雀ゲームやりながら、意味不明な専門用語言ってたとか書いてそれを並べて書いたり。あとどんなこと書いてただろ、読み返したくなってきた。

なんで書いてるんだろうって考えるのは意味がないのかもしれない。答えは出ない。そしてまた定期的なんで書いてるんだ?と立ち止まってしまう時期が来る気がする。人生動き続けないと変化はないし、何も得られない。行動し続けないと、誰にも見つからないし、見つけられない。

ネットへは投げっぱなし、読みたい人が自由に読む?

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もうネットでどうこうして、承認欲求を満たしたい、映えたいってこと自体ダセえ、時代遅れ。

ネットに流す情報なんかどうだっていいことなんすよ。まだインフルエンサーなんて追ってんの?って。

ネット情報にフォローしまくったり、チャンネル登録して欠かさず見るなんて人は、映画の26世紀少年(原題:Idiocracy)の世界のおバカさんになっちまいますよ。

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オバマ大統領出現を予言した?! マ〜ベラスな近未来SFコメディ! 「20世紀少年」×「WALL・E」÷2=「26世紀青年」!? 世界が終わろうとしています。“ばかたち”によって……。                 “平均のアメリカ人”の典型、兵卒のジョー・バウアーズ。彼は、米国国防総省から、極秘の冬眠プログラムの実験...

これだけ〇〇テックが発展してきてるし、教育もITのおかげですごい勢いで進歩してるから映画の世界みたいにはならないだろうけど。

どれだけ現実世界で自分の満足いく人生が送れるかじゃないですか?ネットがある時代だろうがない時代だろうが、人間は生き物だから心を満たして人生過ごしたいじゃないですか。

ネットなんてどんどんおまけになってく。まあネットに浸る時間はあまり変わらないかもしれないけど、実体ではなくなるというか。VRとか拡張するという点で。

ネットに上げる動画やテキストコンテンツは、投げっぱなしがいいんじゃないかな。ネットワークがもっと分散されて、一強のアルゴリズムなんかに左右されないようになればもっと誰かに見つけてもらいやすくなるんじゃねと。

だから個人の弱小発信者がPVを気にする必要はなくなって、勝手気ままに好きなことを発信できるようになればいいなーという期待。ちょっと自分でも何言ってるか分かんなくなって来たんだけども、きっとすべての人が、気軽に表現できて楽しいことになるよねみたいな。

「何者でもない個人の日記なんか誰も読みませんよ」というお決まりの上から目線が嫌い。

いや、日記書いていいでしょうよ。ぼやいてなんぼでしょうが、てめぇのブログだ、てめぇの勝手だ、ネットデブリ上等です。

最後は、好き好みや空気感、呼吸

「あれーなんでこのポッドキャストにハマってるんだろー」って思ったときに考えたんですが、好きな理由ってかなり説明難しいことなんですね。言われていることだけど。

最近「ゆとりっ子たちのたわごと」というポッドキャストをたまに聴くんですよね。聴いていると同じ空間にいる気分になったり、盗み聞きしているような背徳感だったり。

自分の何かを埋めてくれる何かを気づかないうちに与えてくれて、それを好意と勘違い(感じたり。)

ただ時間を共有して、息遣いや空気感を味わいたいとか。会話してる錯覚にもなって確かにインタラクションにこそ生きてる実感ってあるのかもなって思ったり。

権威とか有名度合い?影響力とかもうどうでもいいさ。

大事なのは、フィーリングとか共感とかルーツとかストーリーとかさ、温かさとか人柄とか人間性だよ。まじでこれは言える。

おわりに

読んでくれてありがとう。あなたの今年一年いい年でありますように。

いい時代がくると待っていてもしかたないので、目の前のことだけを頑張りましょね。と頑張ってない自分が言いますがね。

ポッドキャスト、YouTubeは時間が溶ける。これだけは気をつけよ。

書き終えてみて、なんでこんなこと書いてんだろしか出てこないんだけど、どうでもいいか。

誰も読まんし。まあこうやって悶々と内省的に考えてしまうのか好きだからではなくて、そういう性格・脳の構造だからなんだよね。MBTI的(INFJ)に見ても。まあそれが快適ならやめる必要もないかって感じ。

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