なんとなくとお勉強は一生使えるスキル

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なんとなく会社行ってる。仕事辞めたらやることないからなんとなく仕事してる。
こういう自分の意思にあまり委ねないで惰性で生きてるひとって結構いるらしい。

わたし自身はこういう人たちとちょっと違う気がした。「やめたら食べていけないし今の仕事が能のない自分でも比較的ラクに仕事できるからしかたなくやめないでいる」みたいな。いっしょか?

この”なんとなく”って自動運転で生活できたら、ほんと余裕あってらくなんだろうな。わたしは朝、家出るまでにウィルパワー(意思)使い切っちゃう感じなんだ。「行きたくねー、時間だー、準備しなきゃー、あー家でなきゃーガチャ」

労働生活という苦行を難なくこなすために”なんとなく”っていうのは、労働時間の体感を短くしてそれ以外の可処分時間を有意義に濃くするすごいスキルだと思う。

”なんとなく”って「会社行ってればおまんま食べれるしなんとかなるっしょ」みたいな楽観的・希望的観測な気がしててでも理解できない。でもこれがなんとなくと一番のメリットな気もする。バカになれというか真面目に働いてどうする的な。便利だな。

おとなになってもお勉強

資格取得や受験勉強のような知識を蓄えるお勉強がいくつになっても役立つし、人生を豊かにさせるし、一番重要なのかもねってはなし。

超優秀なエンジニアでも、忘れるし、何度も何度も復習して知識を刷り込んでる。

わたしはこういうお勉強から逃げてきたたちなので、ほんとにお勉強の重要性を30過ぎてから身にしみて感じさせられる。最近、そういうふうに思い知らされる情報がバシバシ入ってきた。

でも別に後悔しているわけではなくて、あーやっぱりコツコツやるしか方法はないのねーと気づいてやる気がわいてきた。勉強をやるのに遅いことはないのだ。

ライターみたいになって在宅で稼ぎたい!でもなかなか何千文字も書けない。苦痛だ。と思ってたんだけど、そんなコツなんかなくて、ただひたすら書いて書いて、書ける体力つけて、地道に書けるようになっていくしかないんだろうね。ある程度適性もあるだろうけど。

稼ぎ方なんて検索しても出てくるわけなくて、稼ぐにはそれ相応な積み上げてきたスキルがないとお金は誰も出してくれない。

筋トレだって、受験勉強だって、読書だって、料理だって、瞑想だって、毎日毎日コツコツ、時間かけて、場数踏んで、アウトプットして。数ヶ月で習得できるものなんてスキルとは言わないんだよね。最低でも半年一年。よって人生はすべて習慣。

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