今日より少しだけ幸せな明日を迎えるために

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こんにちは。昨晩生まれて初めて流れ星を目にして、少しだけはっぴーなエルマ(@suis_1204)です。

皆さまは、毎日をどのように過ごしているでしょうか。もっとこうありたい、これが叶えばいいのにといった、現状にどこか満足しきれない気持ちを抱えている方も、多くいらっしゃると思います。私もその一人です。仕事に私生活と、「まだ足りない」日常の中で、明日を今より少しだけ良いものにするために、私が心がけていることについて今回は書かせていただきたいと思います。

あなたは何を望んでいる?

もっと楽しく暮らしたい、幸せに過ごしたい。

では一体、何がどれだけあれば満たされるのでしょうか。一般化された「幸せな人生像」というものは何となく世の中に存在していますが、各々が真に求めているものはきっと千差万別。何があれば自分は幸せになれるのかを考える時、性格類型はその一助となるかと思います。

私はエニアグラム2のセクシャル優位なので、親しい人と良好な関係を維持すること、そして楽しい時間を過ごすことが幸せであるために欠かせない条件になります。また、INFJであることから、人生の目標や目的、意義を定め(主機能Ni)、そこに向けてきちんと行動(Niのペアとなる劣等Se)できている時に、充実感を感じます。

好奇心くすぐられる面白い出来事を追いかけながら生きるも良し、物質的な快楽に溺れるも良し、安定した心地よい生活を望むも良し、評価やステータスを希求するも良し。「求められていること」よりも、「求めているもの」を見つける。それが幸せになるための第一歩だと考えます。

攻めだけでなく守りも考える

上や前ばかりを見て足元を疎かにすると、思わぬところで転んだり、落とし穴にはまったりしてしまいます。自分の弱い部分に対するケアも大切です。

私の場合、エニアグラムにおける本能のサブタイプが自己保存盲点であることから、お金や時間、労力などを、自分に必要な分まで削って周囲に配って回ろうとするきらいがありました。当時は「これが私の生き方だ」と自己満足に浸り、身を粉にしていることが全身全霊で頑張れている、行動できているという錯覚の充実感にも繋がって、自身のライフスタイルに何の疑問も持ちませんでした。しかし当然、このような生活は破綻を迎えます。もっとも、賢く、効率よく、器用に生きることができる人間ならば多少の無理もきいたかもしれませんが、心の受容体が人より多く、敏感で、不器用な人間(であるということもその時は認められていなかったのですが)ならば、その身の丈にあった生き方も考える必要があります。妥協や撤退ではなく、方向転換として、先で述べた「目標、目的、意義」を叶えるための手段を工夫するべきということです。

私の場合は、まず自分が穏やかではいられないほどに身を削ることをやめました。睡眠時間毎日3時間、28連勤、収入はほとんど周囲に還元、自分は毎日ぎりぎりの生活…自己保存盲点のNi持ちだとこういう生活も割といけてしまうもので、当時は「志(Ni)のためなら何だってやる」などと思っていました。しかしそのマインドの是非はともかくとして、このような根性一辺倒のやり方は単に効率が悪い。心身のコンディションが整っていないと、当然仕事もプライベートも立ち行かない。何か果たしたいことがあるならば尚のこと、必要経費として自分自身にも投資をした方が結果として上手くいきます。自分をケアするために時間を使い、お金を使い、頭を使う。さまざまな失敗を繰り返しながら、私はようやく、自己保存盲点の私が蔑ろにしてきたことこそ大切であったと気が付きました。私にとって、この弱点の解決が足元を固めることに繋がったのです。

何をするにも「余裕」は大事

先の話にも関連しますが、私は満足いく生活のためには、あらゆる面での「余裕」が必要だと考えます。

お金の余裕は人生の選択肢を広げ、時間の余裕は心の余裕につながり、心の余裕は良い生き方を導く。また、何より体力の余裕は必要です。体調不良は行動を制限するだけでなく、心の余裕も奪います。

ただ、あらゆる余裕を生むために、四方八方に気を配り、それこそ「余裕」がなくなってしまっては元も子もないですよね。無理のない範囲で、いかに工夫して「余裕」を生み出すか。生き方を見直す上で一つ考えてもいいポイントかもしれません。

以下に一例として、私が日々心がけていることを挙げてみます。

・身体の余裕のために…胃や腸に良い食事/タンパク質や鉄、ビタミンなどの栄養補給/睡眠時間6時間の確保/マッサージやストレッチ etc.

何をどこまでなら無理なくやれそうかを軸に、心がけることリストを作ってみてください。お金や時間の使い方についても同様です。

生活の一箇所を変えるだけでも今より良い未来になるわけですから、とりあえず無理なく出来ることから始めてみるのがいいと思います。

心の余裕は難しい

お金や時間、身体の管理よりも難しいのが心の管理です。そもそも心ってなんだというところから話をしてしまうと本筋から大きく逸れていくので、一旦メンタルヘルスといった意味合いで定義します。いくら自分自身のコンディションを整えたところで、避けがたく襲いくる対外的要因の影響はどうしても受けてしまいます。例えば、職場。上司自身もよく理解できていない仕事を、とりあえずのなんとなくで次々と押しつけられる。若手というだけで舐められたり、ストレス発散の捌け口にされたり。やっと退勤できたと思えば、プライベートでも一悶着…なんてことはよくあると思います。毎日はっぴーとはなかなかいかないのが現実です。

ストレスが必然なのであれば、私たちに出来ることはそれをいかに対処するかです。例えば先で挙げた例、よく分からない仕事が大量に押しつけられるといった場面。未知の課題に奮起するような強い方々ももちろんいらっしゃると思いますが、私のような人間はまずもやっとしたストレスを感じます。NiとFeがあると相手の思惑のようなものが何となく伝わってくるので、どう爆発するか分からない爆弾をとりあえず投げられたことを察し、嫌な気持ちになる。その後に、ストレッサーへの解釈が始まります。即座に反応した感情と裏腹に、「仕事なんて自分で頭を使って、手を動かして片付けるものであって、それを当然として受け止められないのはただの怠慢だ」と理性が語りかける。とはいえ、厄介なものがやってきたことには変わりはない。一旦席を立って、好きな飲み物を買ってくる。一口飲んで息をついたら、とりあえず周りをゆっくり見渡す。これまでに近しい内容の仕事を対処してそうなのは誰か、その中で今質問して快く答えてくれる余裕がありそうなのは誰か、一つ一つ情報のパーツを集めていき、課題の概略がぼんやり見えてきたところで、どう手を動かすか頭を使い始める。着手したら後はやるのみ、終わる頃にはまた一つ経験が増えて、それが将来的には役に立つ。不快な感情を、ある程度は頭で納得させ、ある程度は気晴らし(ここではコーヒーブレイク)で受け流し、ある程度は最終的に得られる利益(経験、知識)を見越してモチベーションに変換する。ストレスを完全に抑圧したり、あるいは感情を露骨に出したりといった手段は使わず、私の場合は色んな手段を使って小出しに発散させます。以前は外的要因によってストレスを感じた時も、無理矢理「全ては自分のせいだ」と思えるように解釈し、「自分のせいなんだから当然耐えなければならない」と言い聞かせて対処していましたが、精神衛生上とても賢い選択とは言えませんでした。謙虚に内省すべき点は内省し、自責の念を感じる必要のないところは適当に受け流しながら過ごす今の方が、上手にやれている気がします。

対処しなくたっていい時もある

一息ついて冷静に考えた結果、「対処せずに逃げる」という選択を取ることも大切だと思います。例えば私は前職で、役員レベルの上司に目をつけられ、深夜でも早朝でも自宅で寝ていても「食事に行こう」「飲みに行こう」と呼び出され、休みの日は旅行やショッピングに強制連行、断れば仕事上で嫌がらせをされるなどの扱いを受けていました。社内の同僚とお付き合いをしているという噂を聞きつけた暁には個室に呼び出され、許さないだの裏切りだの謂れのない叱責、一番辛かったのはその矛先が恋人にも向いたことでした。これは本当に仕事の範疇なのか?そんなわけがない、とはっきり思えた時、私は会社に即辞意を伝えました。結局辞めるのにも苦労し、辞意を何度も無視されながら最終的に5ヶ月かかって退職したわけですが、「まともに向き合うべきではない、対処の必要がない」ストレッサーというのもこの世にはあって、そういったものと対峙したときにはすっぱり逃げることも大切だと思います。

自分に合った場所を選び取る

会社を辞める時に思ったことは、「こんな人が経営している会社でも、のびのび働いている人はいるんだよなぁ」ということでした。そこが地獄になるか天国になるかは集団対個人の相性にもよるので、努力ではどうにもならない、致命的に合わないと思えばやはり離れてもいいと思います。これは集団だけでなく、個人対個人の付き合いでも同じです。心の余裕を育てるためにも、どこに身を置くかは選び取ってもいいのではないでしょうか。

長々と書き連ねましたが、以上が私の思う「明日を今日よりちょっとだけ楽しく、幸せに過ごすための工夫」たちでした。お読みいただいた方の価値観や個性に合わせて適宜読み替えていただきながら、どこか一部分でも、誰かの日常の一助になればこんなに嬉しいことはありません。

あなたの明日が、今日より少しでも幸せなものになりますように。

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