16歳、父が家を出て行った日から

許すべきか、許さないべきか、そんなことを私はずっと考えている。

16歳の冬、父が家を出ていった。
元々両親は不仲で、離婚の数年前に母が病気で半盲になってから、関係はさらに悪化した。

「好きでもない女の介護に老後を費やしたくない」というのが、父の不倫の理由だった。
不倫の証拠を突き付けられたとき、父は腹を抱えて笑った。
「いつから気付いていたの?」と愉快そうに母に尋ねたその姿のおぞましさに、ある種の感動さえ覚えた。

それから母は目が見えないことへの恐怖と、そんな中でまだ成人していない子どもを二人抱えて一人で生きていかねばならないことへの不安で、私に手を挙げるようになった。
が、それ自体は私にはどうでもいいことだった。悪いのは母ではない。

17歳になり、18歳になり、少しずつ大人になっていく中で、いつの間にか離婚調停時に慰謝料代わりとして譲り受けたはずの実家は勝手に売却され、父と、新しい奥さんとの生活費に吸収された。

当時通っていた学校は県内の良家の子女が集まるところで、私のような境遇の人間はおらず、噂は瞬く間に広がった。
通りすがりの、話したこともない他学年の先生に声をかけていただくこともあったし、校長室に呼び出されもした。

色んな言葉がどこか他人事のように目の前を飛び交う中で、
はっきりと覚えていることがある。
「お父さんを、許してあげてね」
という、女性の先生の言葉だった。
その言葉の真意は分からない。

人間は弱いものだから互いに許し合うべきという意味なのか、
若いうちから恨みを抱えて生きていくべきではないという意味なのか、
その真意を問いただすこともなく、私はただ「わかりました」と返した。

卒業を間近に控えたある日、家に一本の電話が入った。
父親からだった。家を出て行って以来、初めての連絡だった。
電話には私が出た。姉に代わってほしいと言われた。
姉は大層嫌がったが、渋々電話に出た。「もしもし」と発した姉の声の低さとは裏腹に、父はとても明るい声で、
「おお、そろそろ就活だと思って電話したんだけど、どういう業界を狙っているんだ?なんで親に報告してこないんだ?」と、ひどくのんきな口ぶりで話し始めた。
姉の逆鱗に触れるには十分だった。
殺してやる、殺してやる、と叫ぶ姉から受話器を奪って、電話を代わった。
父はいたく不思議そうに「親が娘の将来について質問して何が悪い?娘に連絡を取って何が悪い?」と口にした。
自分のしたことわかってんのか、と叫ぶ姉の声を耳にすると、

「お前たちも、今は子どもだから分からないだけで、いつかは俺の気持ちが分かる。これは仕方がないことなんだ」と言った。

私は言葉を返す気が起きなかった。
「お姉ちゃんが大変だから、一旦切るね、ごめんね」とだけ返して、受話器を切った。

「一生許さない」と何度も口にする姉を前に、私はただ茫然と考えていた。
あの口ぶり、父に罪の意識は全くなかった。
久しぶりに娘たちの近況が知りたいといったような、弾んだ無邪気な声だった。「お父さんを許してあげてね」という言葉が頭の中でこだまする。
私は自分の感情に疎い。
父親を許したいのかも、許したくないのかも、恨んでいるのかも、恨んでいないのかも、本当はよく分からない。ふと、母が不機嫌そうな表情を浮かべていることに気が付いた。
どうしたのか、と尋ねると、
「あんたはお姉ちゃんと違って、お父さんのこと許さないって怒ってくれないんだね、お母さんの味方じゃないんだ」と言われた。
弁明をしたが、その日以来姉と母とは気まずくなってしまい、私は大学進学と共に故郷を離れ、上京した。
地元に残る姉が母の面倒を見て、私は東京で稼いで実家にお金を入れる。
そんな約束を交わした。

離婚調停時に約束したはずの私の学費もほどなくして支払われなくなり、私は自分で稼ぎながら大学を卒業した。

学費の支払い約束を踏み倒しても、父は平然と連絡をしてきた。
「東大進学を諦めた時点でお前には男に取り入って養ってもらうしか道はなくなったんだから、男選びに精を出せ」
「結婚する前に必ず俺に紹介するように」
連絡を無視すると、大学や会社に電話がかかってきた。
(勤め先については教えていなかったが、資格取得時にネットに名前が載ってしまい、そこから辿られた)

めんどくさい、厄介、やめてほしいという思いはもちろんあるが、それでも私にはやっぱり、恨めしいとか、許せないとか、もう許そうとか、そういった気持ちはよく分からなかった。
ただ、許すべきか、許さないべきか、それだけを考えている。
許してしまったら、私は母や姉から縁を切られるだろう。
ただ、もう9年も会っていない娘の名前を検索している父の姿を想像するだけで、胸が締め付けられる思いがする。

罪の意識のないまま罪を重ねてしまう、無邪気で可哀そうな人。
「お前たちもいつかは俺の気持ちが分かる」と言った彼は、私たちがいつか分かってくれることを心待ちにしながら、寂しい思いをしているのだろうか。

父が出て行ってから男性不信になった姉は、穏やかで優しい人に出会って、今年結婚をする。
母も手術が成功し、完治は無いものの、ある程度見えるようになった。

皆が少しずつ前に進んでいく中で、父はどうしているのだろうとふと思う。
もう許してもいいんじゃないか。
それとも、許さないことが父に与えられる唯一の罰なのか。
このまま死別したとしたら、私は、姉は、母は、本当に後悔しないだろうか。

私は今日も考える。
答えは未だに出ない。
この懊悩を抱えて生きていくことが、私に課せられた試練なのかもしれない。


タイトルとURLをコピーしました